『海原』No.54(2023/12/1発行)誌面より
中内亮玄句集『北國幻燈』
師の掌で転げる 柳生正名
本年の海原賞受賞者、中内亮玄の第三句集である。平成29年から令和5年春までの作210句あまりを自選している。
各句の傍らには日本語での読みのローマ字表記を「装飾」として併記するなど、編集や装丁にも著者ならではの個性と思想が反映されている。句集ながら、巻末には「読む技術としての俳句のマルチメディア論」と題した小論も掲載した。
読者はその一つ一つの個性的な趣向に目を奪われる。ただそれ以上に、本集を紐解く誰もが意識せざるを得ないこと。それは、兜太他界、パンデミック、ウクライナでの戦争などなど海原人にとって自身の肚の底をさらけ出すことなしに向き合い得ない出来事が、この期間中に相次いで起こった、という事実だ。
とりわけ、中内の場合、師にして「俳聖」と崇める兜太の「往生」こそ、一大事などという語では言い尽くせない強烈な何かだったはず。あたかも、池に蛙が飛び込んだ「水の音」に芭蕉の鼓膜が揺らいだ刹那の「主客が遡って未分化する」(俳句マルチメディア論)体験さながらに。兜太を蛙になぞらえるなど叱られそうだが、江戸期の禅僧仙厓に
古池や芭蕉飛こむ水の音
の句があり、兜太もどこかで言及していた。芭蕉が飛び込むなら、兜太は無論、中内においてをや、と思う。
本集では平成30年の章に「師金子兜太往生」と題し、21句の力のこもった連作を収めている。
電柱がめそめそ溶ける列車は春
拍手握手師の掌の厚きこと
御和讃の我が声遠く春の水
金子兜太献花にまみれ髭生やす
1句目。兜太の〈三日月がめそめそといる米の飯〉を受け、急な訃報で心溶けそうな困惑のうちに、なお師と共有した土性を信じ、次へと歩み続けようとの強い思いが季語〈春〉に込められている。師の真面目を掌のぶ厚さという「生きもの感覚」で捉えた2句目。葬儀前日に駆け付けた彼が切々と和語の経文を朗唱し、空気が一気に澄みわたった感に胸打たれたことを想起させる3句目。
そして何よりも4句目。供花で満たされた柩に収まる師の顔にうっすらとのびた髭を見出すまなざし。死後もしばらく亡骸の髭が伸びることは周知の事実だが、「死とは他界に赴き、そこで生きること」と喝破した師。柩に収まってもなお燃え続ける命の灯を客観写生さながらの研ぎ澄まされた眼で見取っている。師の真面目を捉えた頂相(禅僧の肖像画)として確かな存在感を示す一句と思う。
俳句表現の中で自己を透明化していくという常道とは逆に、自己を確とした実存として強烈に押し出す。それが中内俳句の真骨頂とも言うべきポイントだが、最短定型詩という枠の中でこれを貫くことは容易でない。実際、個別の句では強烈な自己を扱い切れてないかも、と感じさせる場面もなきにしもあらず。
ただ兜太を詠む際に限っては、自己の前に屹立しつつ、そっと包み込んでもくれる存在と向き合うことで、ふたりごころ(情)が全面に現れる。その結果、兜太他界を巡る連作は本集中の白眉といってよい光彩を帯びることになった。
それを味わうだけでも、並みの句集一冊を優に上回る豊饒を実感できると感じるが、新型コロナウイルスによるパンデミックと向き合った令和2年の章
人は去りとっぷり蛙暮れにけり
清潔なマスクや誰ぞ舌打ちす
さらにはウクライナへのロシアによる侵攻という事態が勃発した令和4年の
銃弾に向日葵欠けて白き闇
蝶一頭国境越えて撃ち抜かれ
に見られる現実との切り結び方もまた心に刺さる。そこには兜太から受け継いだ血脈、その熱さを実感させるものがある。
さらに句集としての読み応えをいえば
芒野や風見えて風の肚見えて
高音の降る雪低音の積もる雪
蟹茹でる湯気は雲海地を這うまで
蟹割ってみて雪明かりと思う
股開き海苔搔く女光散る
などで見える作者の産土に由来するものに深く心を揺り動かされる。また僧侶である立場が透けて見える
蜩の垂直に生れ平泉寺
念仏や外陣に木魚打ち寄せる
払暁の白息混むや禅の寺
沢庵のくたくた煮えて山眠る
などの作からは、信仰を誇ったり、同調を求めたり、という景色は見えず、それでいて、信仰者ならではの内面の「冴え」を受け取る。そもそも、この作者を作者たらしめる持ち物として
リモコンの蛍を全部押してみる
のようなシュールな言葉の切れ味を実感してきた。その魅力はもちろん本集でもいたるところで見出せるが、素朴かつ真実な感性を感じさせる
言葉になる前の手のひら青嵐
番人一人番犬二頭雲の峰
半眼の蛇真っ黒な身を絞り
これがあの「蚕飼の線路」山おぼろ
耳から先に目覚めて夏至の薄明かり
などの作こそ、現代的知の鋭敏と土俗の揺るぎなさを併せ持つ兜太的世界に肉迫しているのではないか。
そう言った点を、仏ならぬ「兜太の掌の上で転げまわっている」などと評すると「孫悟空ではあるまいし」と憮然とする向きがあるかもしれない。ただ
師を思うひとつに厚きてのひら忌
と詠む中内に限ってそのようなことは決してないと信じる。かく云う筆者も、かなうことなら、ずっと兜太の分厚い掌の上で転がされ続けたい―そんなことを思う口である。
(敬称略)